ごろ寝海南島の旅4
Sunday, December 30th, 2007海口駅を発車したあと、海口機関区を通過するが、停まっているのはDF4のオレンジ亀と緑亀ばかりで、DF4DやND2は見られなかった。また車両段には緑皮車が、10数両2編成が停車していたが、これは昔三亜~石碌間を走っていた列車かどうかは分からない。
線路は未開の地を開拓、整地しながら基礎造りを行い、砂利を積み上げたうえに線路を敷くバラスト式が採用されており、現在単線非電化だが、いつでも複線が造れる状態なためか、線路敷地幅は広い。やがて、荒地の光景から一転、徐々に密林のようなエリアをのんびりと走るようになった。周りは南国でしか見られない植物がいっぱい生い茂っており、低木の植物が目立った。
いつの間に眠ってしまったんだろう。気付いたら11時近くなっている。寝不足だったわけではないが、2度寝をしてしまった。もうすぐ途中停車駅の東方駅に着く。これを過ぎれば次は終点三亜駅となる。軟臥車には自分以外の乗客はおらず、車両を丸々貸しきっている感じ。ただ乗務員が休憩用で、空いている軟臥を使用するのはいかがなものかと感じるが。
途中から列車は旧日本軍が建設した「石碌鉄路」を元とする「海南島西環線」に沿って三亜に向かう。この路線は1939年に海南島を占領した日本軍が石碌にある鉄鉱山から三亜湾まで物資や木材を運ぶために建設された路線で、1944年に完成した路線だ。そして04年まで、三亜~石碌間の普通列車が1日2本にんびり走っていたのは記憶に新しい。現在はきちんと整備され、ディーゼル機関車が小気味よく軽快に走る音が聞こえてきそう。※
東方を過ぎると、しばらく海岸沿いを走るようになる。晴れた天気だったので、海がきれいだ。旧線はずっと海岸線を走り三亜市内で終点となるが、新路線は三亜鳳凰空港よりも北ルートで、新三亜駅へと進む。
三亜駅到着は12時半。15時間かけた旅もひとまずフィナーレーを迎える。三亜への線路は、湿地帯が広がる三亜市北郊外に、土手を作りその上にレールを敷いて、台地の上にある三亜駅と結んでいる。
駅にはホームが2本あり、向かい側に北京西~三亜のT201/4次が停車しているのみで、屋根はなく、駅舎自体も小さい。機務段や車両段も規模は大きくない。また、駅周辺も空き地だらけで何もないとナイナイ尽くしだ。ただ中国大陸と海南島を列車で繋いだ中国の面子がよく分かる。
出口を出て記念撮影。小さな田舎の駅だ。市内まで204路のバスで30分かけて移動。ホテルチェックイン後、旧線の三亜駅を見に行ったが、そこは一種の寂寥を感じさせる場所だった。
広州~三亜を結ぶK407次は、車両が一新されとても清潔になり、また夜発昼着ダイヤなので週末の仕事が終わったあと、切符を持っていれば列車に乗車できる。難点は、海南島までフェリー輸送なので、台風が来ると全面停運になってしまうこと。毎日の天気予報補確認がちょっと手間だ。
※参考Youtube
http://www.youtube.com/watch?v=Y8dMxBVxiSM