Archive for February, 2010

SS9G詣

Sunday, February 28th, 2010

今日は、ほぼ1カ月ぶりに棠渓に出撃。といってもそれ以外撮影できる場所がめっきり減ったというのが実情だが…。最近、SS9Gが5両、瀋陽にドナドナされたという嫌な情報を聞き、高速鉄道全開で長距離列車牽引の需要がなくなる前の保護目的での撮影。

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SS8や和諧3は在庫がまだあるから簡単にはなくならないが、ハイスペックのSS9Gは普通車以上、高速未満という微妙な立場もあり、2012年の京広高速鉄道開通で一気に淘汰される危険性があるのだ。

今回狙ったのはSS9Gと25T客車の組み合わせ。
Z列車でデビューして以来、個人的にはこの組み合わせが好き。赤と青と白のカラーバリエーションがこの手の編成の奥ゆかしさを出している。

今日は、春節終わりの元宵節ということで、多くのユーターン乗客が広州・深圳に集中する。だから、ダイヤは軒並み遅く、京広線では1時間遅れがザラだった。

今回は、確実に撮りたい列車を仕留めるため、事前に遅延情報をチェック。ある程度把握できれば、何時来るのか何時来るのかとストレスを溜めずに済みます。

t202.jpg 最初は21分遅れのT202次、三亜~北京西

t97.jpg 17分遅れのT97次、北京西~香港

t14.jpg  広州東着では78分遅れたT14次、広州東~瀋陽北

t201.jpg やはり51分遅れたT201次、北京西~三亜

t16.jpg そして、締めはなんと緑皮25Tの荷物車を牽引したT16次、広州~北京西がきた。
この色の組み合わせ、何度見てもいい感じ。

この珍しい編成は広東のみ。大体、緑皮XL25Tなんぞ、チベット鉄道か専運車専用だから、他のカラーリングの編成はほぼ見られない。広州だけの特権だ。

来週も場所を変えて撮りに行く候。

広東はもう夏だった

Sunday, February 28th, 2010

昨日から深圳宿泊で広深CRHで往復。
ユーターンラッシュは続いており、金曜日の午後の列車席番号は100番とギリギリ。あと1分遅かったら次の列車になっていたかも。

そんで本日は朝早くから南山まで駆り出され、やれやれ終わったとお昼に深圳駅に戻ったらまだ大混雑。
荷物検査から切符売り場まで信じられないほどの長蛇の列ができていた。

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香港や深圳に戻るならともかくまた広州経由他地域行きかよとうんざり。
そういや、28日は春節の締めとなる元宵節。

3月1日~3日の間は第2のユーターンピークが押し寄せてきそうだ。
それにしても、春節の春という漢字を用いながら、深圳では26度、広州では多分27度のこの気温。
春を通り越してあっという間に夏です。

今回の乗車距離は278キロ。私の乗車距離は25万4950キロです。
2月は一時帰国などもあり、3406キロとかなり少ないかな?

埼玉~東京~新大阪~関空~広州

Tuesday, February 23rd, 2010

今日は朝から移動の連続。
よりによって、関空~広州の中国南方航空チケットしかないという現実のため、こんな面倒なことをこなさなければいけませんですた。

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まず大宮から新幹線で東京に移動。
東京からのぞみで新大阪に移動。N700系でしたが、写真とっていません。

こういうのもなんですが、中国で乗り鉄をしているからうらやましいなんて声も聞きますが、正直しんどいです。1万5000円も叩いて大阪まで行って、さらに2400円ぐらいで関空に行く。財産てきにエライ損失です。

それはともかく、新大阪で鉄軌星斗さんと1年ぶり会いました。気の知れる仲間と会い、情報交換することはとても楽しいです。そして、11番ホームでプチ撮り鉄。

サンダーバード、はるか、北近畿回送、EF200の貨物がきました。

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そして、関空までははるかで移動。新大阪から1時間足らずの移動ですので、関空はこんなに近いのかと感じた。まあ、これが京都辺りからだとやはりしんどく感じるかなあ。埼玉から成田空港に行くのと同じ心境です。

チェックインは広州へ向かう大勢の人で混んでんでいましたが、これで遅れる心配はなしです。

南方航空の機材は古いが、機内食であるメシは最高でした。
到着後、荷物搬送開始が遅くイライラ。ここまで遅いのは初めて。運よく自分のは速攻できたので助かりました。

しかーし、花園ホテル行きのシャトルバス停には違法駐車だらけでバスが停車できないからまた遅くなった。こんな非文明な連中の華畜車なんぞ戦車砲で吹っ飛ばしてもらいたいです。

広州着の気温は24度。東京17度、大阪18度。やはり暑いです。家に帰るまで汗だく。セーター持ってこなくても良かった…。

明日からまた欝になる釜の口が開きます(うそ)。

京浜急行蒲田踏み切り

Monday, February 22nd, 2010

日曜にはようつべ車窓で有名になった海浜さんと一緒に浜松町~羽田空港~京浜蒲田へと移動しました。

実は京浜急行をガチで撮るのは今回が初。地元は東武線だし、学校は京王線か小田急線だし、その頃は鉄やっていなかったしと、名前は知っていましたが、ただ単に赤い車両が走っているしか認識していませんでした。
当時は特急タイプの車両が好きだったので、特急という看板をぶら下げた通勤電車と変わらない車両はイマイチ好きになりませんでした。これは東急や阪急も当てはまります。

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それはともかく、京浜急行は一番速い快特だと時速120キロものスピードを出すもといわれており、この速さは中国の25G客車より速いものと思います。まあ、実際乗ってみて、あまりの速さにビックリしました。

そんで今回は、京浜蒲田駅からすぐの京浜産業道路の踏み切り撮り鉄。この駅から羽田空港に分岐する空港線が枝分かれしており、ひっきりなしで電車が通過します。

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しかし、交通渋滞をさけるため、すでに高架工事が行われ、次回仮に撮ろうとするなら多分踏み切りはなくなっているでしょう。

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電車そのものは、5分に1本のペースで上下線ともにやってきます。実は、駅から踏み切りのところは単線になっており、踏み切り通過後に複線になるというマニアックな構図です。被らないから魅力的ですが、やはり交通渋滞となるため、ドライバーにはたまらない嫌な場所となっている感じがします。

そして、この踏切を通過する電車の多いこと。京浜急行だけでなく、都営浅草線、京成線、北総開発鉄道などの車両がひっきりなしでやってくる姿は、東武や西武どころではありません。なんか大阪環状線を思い出します。

滞在時間は1時間ぐらいでしたが、それなりに撮影すれば数10枚は稼げます。意外と京浜急行は熱い地域ですね。

岳南鉄道撮り鉄オフ

Monday, February 22nd, 2010

20日土曜日は今回の帰国の目玉である岳南鉄道の撮り鉄オフでした。
場所は静岡県の沼津と富士の中間にあるJR吉原駅から北東に延びる10キロ未満の私鉄。
ただし、製紙工場の輸送のため、岳南富士岡・比奈~吉原区間で貨物列車が運行しています。

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集合は10時に岳南鉄道の吉原駅でしたが、埼玉組は朝早いので5時半起きで家を出、7時20分発の小田急線沼津行き特急あさぎりで沼津に移動。沼津から吉原まで東海道普通車に乗り込みました。
今回、大枚を叩いて買ったあさぎりのグリーン車。4500円近くしましたが、乗車が少ない車内で1+2列のシートは快適。多摩川を渡り終えて、御殿場通過まで記憶がございません(笑)。

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10時前に吉原に到着。今回、計7名の有志が参加してくれました。最初はヤードに停まっているクリーム色の電気機関車ED403。しかし、パンタグラフを折りたたんでいるため、この日の動きはありませんでした。

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岳南鉄道の貨物は平日は多く、土曜日は半分うや(運休)あり、日曜日は運休です。

岳南鉄道の吉原から旧京王井の頭線車両で貨物の運行状況をチェックするため、比奈と富士岡に向かいました。製紙工場や化学工場のなかを縫うように走る景色もまた乙なものです。この日運行していた車両は2種類あり、ひとつはオレンジ、ひとつは緑色かぐや富士号です。そうそう、岳南鉄道の1日フリー切符は硬券で400円。全区間片道が300円だから、これは破格なサービスです。

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岳南富士岡に到着後、車庫入りしか確認できませんでしたが、車齢の古いED501がパンタグラスを上げて単機回送。この光景にみんなが驚いたのはいうまでもありません。

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ちなみに、岳南鉄道の職員のひとたちは、みんな人当たりがよく、周囲を和ませてくれます。岳南富士岡駅名名物のネコ? や池の金魚、観賞用で食べると酸っぱいニセキンカンなどおもしろいお話をたくさんしてくれました。

その後、1駅手前の比奈まで戻ると、ED402が貨車の突放を行なっていました。中国貨物ではヤードでごく当たり前のことが行なわれていますが、日本で突放を行なっているのは岳南鉄道のみだとか。

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お昼は吉原の中心街へ行き、午後は比奈で貨物の状況をチェックしたあと、ジャトコ前の無人駅で下車し、吉原駅に近い場所まで移動。本来なら天気が良かったので、ここから北向きに富士山をバックに写真を撮りたかったのですが、今回は雲がかかって見られません。それでも、貨物が走っているから文句ナシ、ということで、夕方まで撮り鉄が続きました。

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続いて貨物と単機回送。16時30分吉原着の貨物はスカでした(号泣)。

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それで皮肉なことに、昼間はずっと雲がかかっていた富士山が、夕方で撤収の準備に入った途端きれいに姿を表わしており、ちょっぴりガッカリ。また次回もこいというフラグだったりして…。

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夜は駅前のラーメン屋でささやかな反省会と濃い海外鉄事情を話したあと、東海道線経由で自宅に帰投。在来線で戻ったら自宅まで3時間ちょい。やっぱり遠いなあ。

でも、岳南鉄道の予想外のフレンドリーな対応にはとても感謝をしています。

徒然大宮駅

Wednesday, February 17th, 2010

今日は、買い物で大宮中心に行ったついでに大宮駅に寄ってきました。
帰国するとどうしてもブログネタができないため、モノは試しというやつです。
 かつては東北線、高崎線、東北・上越新幹線などの特急および寝台列車の合流ポイントして名だたる名声を得ていた大宮駅ですが、折からの列車不景気の煽りを受けて、今年の3月には能登、北陸廃止というダイヤ改正で、また名物列車が消えていくという事態に見舞われています。恐らく日本鉄を途中で挫折せずに続けていれば、かなり厭戦気分になるのは間違いなかったでしょう。

 しかしながら、中国でも高速鉄道の度重なる開通で、準高速車両となる客車夜行列車がバンバン停運に追い込まれている現在進行形の姿を目の当たりにすると、どうしても大宮駅の列車が広州駅の列車と姿かたちがダブって見えてしまうのは想像に難くありません。

 ただ、列車引退の当日にホームに殺到する行為は、同じ狢の穴の類としては眉を潜ませざるを得ませんし、第一そういう現場を見ていい気分になれない事情もあるので、まだ事が起こらないうちに撮っておこうといいつつも、その機会をついつい逃してしまうこと自体、ああ、日本鉄の方はすでに冷めているんだな、と時々感じてしまいます。

そんななか、今日大宮駅で撮っていたものは、非常にシンプルな列車ばかりです。

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 EH500は数年前、帰国して初めて日本にも重連電気が残っていたのか! の印象を受けました。我々の世代だとどうしても重連電気タイプは「マンモス」と呼ばれたEH10しか記憶になかったので、ちょっとビックリしました。まあ、私の頭の中で最高は電気機関車はEF66で止っているので、それ以降のタイプはよく分かりません。そういや、EF200もあるんですよね。個人的にはEF64とEF65-500が好きなのですが。

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 通勤電車もいつの間にか115系が姿を消し、211系もあまり姿を見せず、今やE231の天下ですかそうですかという状況です。この列車は小田原行きだっけ? 数年前、湘南新宿ラインとなるバイパス路線が誕生し、小田原、逗子が乗り換えなしで行けるのはありがたいこと。しかも、直通列車は大宮で停車をするんだから、飲み会の会場となる新宿や池袋へ行く足としては便利。埼京線もあるけど、あれ地下まで歩くから疲れます(笑)。

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 そんなことを言いつつも、高崎線には211系が。1986年の尾久駅で見たときには、スタイリッシュなステンレスカーとしてカッコイイと思いましたが、それでも今となっては24年前の車両です。通勤のニーズに必要な大量輸送のため、最近は15両編成となっていることが多く、気がついたらこれまた東海道線の特権だったグリーン車を宇都宮・高崎線にも導入していることも、北関東からの需要の高さに気付いたせいでしょうか? 
 いつかはクラウンならぬいつかは通勤電車のグリーン車という存在は、ごみごみした一般車両と隔離され、選ばれたものだけが乗車できる、サラリーマンにとってはある意味客車の聖域です。しかし、あの座席の狭さは中国鉄に慣れてしまった私にとっては苦痛以外何もありませんが。
 そういや、香港MTR東鉄線でも頭等車ならぬファーストクラスを1両編成に組んでいますが、こちらはちょっと大衆化しているように見えなくもありません。

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 最後は今や珍しいEF65-1000の原色機。多くのJR貨物が白粉を塗りたぐった面構えでパッと見どこの機関車か区別できないのに対し、この原色機はこれこそ、私が追い求めている機関車です。
 昔はブルートレイン牽引機として名を馳せていましたが、今では貨物で落ち着いているようで。そもそも、古きよき電気機関車が危ういという状況のなか、子どもの頃からの原色機がまだまだ現役というのはうれしい限り。この姿を見られただけでも今日はラッキーということでしょうか?

日本に帰国したら負債者に転落していた…

Monday, February 15th, 2010

予想していた以上に残高がエライことになっていた。

木金土日のイベントはこなせそうだが、来年は持たない。

少しでも貸した金を回収しなくてはという焦りでのた打ち回っている

 

 

 

 

 

 

夢を見た。

夢でよかった。そろそろ中国元の貯金を日本円に換金する日がやってくる。

無事北京に到着

Sunday, February 14th, 2010

武漢の雪のせいか、鄭州までの速度はえらくのんびりしたものだった。
こりゃあ遅延確定だな。

食堂車に行くと、車両手前からエライ白酒臭さが漂ってきた。
そういえば、乗務員どこに消えたんだろう? と思ったら、ほぼ全員食堂車で新年を祝う酒盛りをやっていやがる。

 

仕事サボって呑気なものだ。
このT15/6次およびT201/2次の列車のサービスの悪さは定評で、ダイヤさえ速くなければ乗らない。
その程度のお粗末な列車だ。

 

日付が14日を回った12時過ぎ、どこかの駅に停車。明らかに鄭州ではない。
じゃあなんて停車だ? と思ったら、5本ほど列車に抜かされたっぽい。恐らく長沙発や武漢発のZ列車に道を譲ったんだろう。30分ほど停車をしていた。
沿線の花火がうるさく、眠れなかった。

深夜2時台の鄭州着は覚えている。また、5時ぐらいに石家庄に停車もしている。
起きたのは6時40分。7時10分に乗務員が切符を返しにきて、7時40分に着くと告げた。2時間ぐらい遅れていると思ったが、正味1時間。

 

早朝着だから1時間遅れでも何とかなるが、お昼着の1時間遅れは洒落にならない。
さすが春節当日ということで、北京西駅前はガラガラ。これが毎日続けばいいのにと思うほど静か。

 

北京の気温は予想していたより低くないのだが、風が強く、スーツケースを引っ張る手が寒い寒い。
とりあえず4時間滞在可能なホテルに逃げ込む。

出発までひと休み。

今回の乗車距離は2294キロ。
私の乗車距離は254672キロです。

武漢は雪

Saturday, February 13th, 2010

どうりで外からの空気がエライ寒いと思ったら、湖南省と湖北省では雪が降っていやがる。

オンタイムで動いていた列車の速度も鈍っている。ここで遅延は嫌だな。

それにしても、長沙を過ぎてからあちこちで中国の新年を祝う花火が上がっている。

ああ、もうすぐ春節なんだなと実感します。

さすが春節だ、何にもないぜ

Saturday, February 13th, 2010

現在私の乗ったT202次は恐ろしいほど正確な時間で北上中。
先ほど長沙を発車したばかり。

さすが大晦日(除夕)とあり、広州駅前では仮設待合室を片付けている最中だった。
当然、駅に集まってくる乗客も11日や12日に比べて圧倒的に少ない。

T202次軟臥だって、10名いるか分からないほど少ない。これから乗車してくる人はほぼ皆無だろう。
みんな下りる側になる。
天候は雨のため、撮り鉄する気すら起こらず。しかも湖南省は寒い。

そんで、韶関東、郴州、長沙の3駅途中停車で気付いたことは、ホーム上に物売りの姿が全然見えない。
彼らも春節休みを取ったのだろうか?
おかげで、食料品補充は列車の中でしか補えなくなった。

明日の早朝北京西着で吉野家が開いているか不安。
ダメだったら、東直門如家の4時間休憩で、近くのセブンイレブンに買出しに行こう。